LYNYRD SKYNYRD
2022.08.31
LYNYRD SKYNYRD
まず、LYNYRD SKYNYRDを語る前に、サザンロックと言う、ワタクシの大好きな、音楽ジャンルから話を進めたいと思います。
とりわけ代表的なバンドは、THE ALLMAN BROTHERS BAND と LYNYRD SKYNYRD となります。
そもそも、サザンロックとは??っていう方にザックリワイルドに言うと、アメリカ南部出身のバンド(可能な限り大所帯)で、ブルース・カントリーなどのアメリカン・ルーツ音楽をベースに、そこにロックを足し、さらに南部独特のスワンプ(沼地)と言う名のスパイスをぶちまけた音楽。
とでも言ったら、とても分かりやすいですね!!
ちなみに、サザンロックを上記の超個人的提言に元ずいた上で、ワタクシが思うザ・サザンロックなバンドは、どんなバンドかと言うと、それは BLACK OAK ARKANSASです。
スワンプ感❝ムンムン❞と言う形容詞がピッタリはまるバンドです。
BLACK OAK ARKANSASについてはいずれじっくりと。
LYNARD SKYNARD の歴史を簡単に
AL KOOPERに見いだされ、73年に発表されたデビューアルバム、『PRONOUNCE ‘LEH-‘NERD ’SKIN-’ NERD』から77年の『STREET SURVIVORS』までの5年と言う短い活動期間(87年に再結成し現在まで活動を続けています)の中で、スタジオアルバム5枚とライブアルバム1枚と決して多くはないが、多くの名曲をサザンロックファンのみならず、音楽ファンに残してくれた素晴らしいバンドの1つです。
バンドはトリプルギターの7人編成。(のちに女性コーラス3名も加わる)
ルーツとなるブルースやカントリーを気持ちよくロックにかけ合わせている様に思います。
イギリスのバンド、FREEに似ていると言われていた時期もあるようです。
バンドは、3rdでドラムがBOB BURNSから、ARTIMUS PYLEへ。
4thではED KINGが脱退、トリプルギター体制から、ツインギターに。
更に、バンドはAL KOOPERから離れ、サザンロック界隈に欠かせない人物、TOM DOWDをプロデューサーに迎えます。
5thのライブアルバムから、STEVE GAINESが加入して、再びトリプルギター体制となり『T FOR TEXAS』を聴けばこのバンドがいかにもライブバンドであると言う事がわかります。
STEVE GAINESの加入はバンドにとって、大きな影響を与えた様で、特に過去の5作品を聴かずとも、6th『STREET SURVIVORS』がどれだけ素晴らしいアルバムか分かります。
ボーカルの RONNIE VAN ZANT は彼の才能を高く評価していたそうで、それは『I KNOW A LITTLE』『YOU GOT THAT RIGHT』『 AIN’T NO GOOD LIFE』を聴けばうなずけます。
しかし、『STREET SURVIVORS』発売直後、ツアー中だった彼らとマネージャーを乗せた飛行機が、墜落。
ボーカルの RONNIE VAN ZANT , ギターの STEVE GAINES , コーラスの CASSIE GAINES , マネージャー、操縦士と副操縦士の6名が亡くなり、バンドは解散。
その後、ギターの GARY ROSSINGTON と ALLEN COLINS が中心となって(残されたメンバーによって)、ROSSINGTON COLLINS BAND を結成、2枚のアルバムを残しています。
悲劇の事故から10年後、RONNIE VAN ZANT の弟、JOHNNY VAN ZANT をボーカルに、オリジナルメンバーが揃い再結成し、現在もバンドは活動を続けています。
FENでエアチェック中に流れた LYNYRD SKYNYRD
かなり端折って歴史を記載したところで、ここからワタクシが、如何にしてLYNYRD SKYNYRDのファンになった経緯を。
HR/HMから一転して STEVIE RAY VAUGHAN(SRV)を知り、そこからブルースやソウルをかじり、同時に6~70年代の特にアメリカンロックに酔いしれ、その先にあったのが、サザンロックであり、THE ALLMAN BROTHERS BAND や LYNYRD SKYNYRDだったのです。
ワタクシの拙い記憶を遡りますと、SRVを聴き始めた頃、当時のガールフレンド(HR/HM嫌い)がシメシメと思ったのか『こんなのもあるよ』と数本のカセットテープを手渡してくれた中に、 THE ALLMAN BROTHERS BAND や LYNYRD SKYNYRDがありました。
始めて聴いた時は、良いねぇ~と思う程度でした。
しかし、ある日、FEN(米軍ラジオ・現在はAFN)でエアチェック中に流れてきた、『GIMMIE THREE STEPS』に何故か心を揺さぶられた事を今でもハッキリと覚えています。
とてつもなくシンプルな曲の中に、演奏力を超えた、何かただならぬオーラ的なものをステレオのスピーカーから感じ取り、ワクワクしました。
それまでこの曲の入っているアルバムは、何度かテープで聴いていたのですが…。
音楽には聴いて楽しませてくれるだけでなく、その時々の状況や環境によって聴こえ方が変わり、ワタクシが体験した様に、突然、ビビッ~~と心に響く瞬間なんてことがあります。
これだから音楽は素晴らしいですね。
エアチェック中の出来事のあった翌日、国内盤には付いてくるであろう、ライナーノーツ目当てで、早速、馴染みのCDショップ(ブルースやクラッシックロックを中心に取り扱う小さな中古CD・レコード店)へ行くも在庫なし。
まずは、1stアルバムを取り寄せてもらい、入荷するのを心待ちにしていたのを今でも覚えています。
余談ですが、LYNYRD SKYNYRDから、気に入ったアーティストのアルバムは、なるべく1stアルバム(不明なのは年代の古い順)から買うと言う、ルールを課していました。
例え、気になったアーティストの曲がラストアルバムからの楽曲だったとしても、まずは1stアルバムを買う。(そのルールは、既に免じております)
順を追って聴く事で、アーティストがどの様に成長し活躍していったのか、そんな事を感じる事が出来る様な気がしていました。
RONNIEの歌をしっかり聴かせる
LYNYRD SKYNYRDを聴き始めたのは、90年代初頭。
彼らは既に再結成していた訳ですが、再結成には興味がわかず、77年の『 STREET SURVIVORS』 までのアルバムを貪る様に聴きまくっていました。
トリプルギター編成(4thアルバム『GIMME BACK MY BULLETS』ではツインギター)と言うスタイルが印象的なバンドですが、ギターを前面に押し出して演奏すると言うよりも、ボーカリスト、RONNIE VAN ZANTの歌をしっかりと聴かせる事に重点を置いているバンドだと思います。
子供の頃から歌が好きなワタクシとしては、その辺りも彼らを好きになった理由のひとつとして、大きいでしょう。
彼らの代表曲『FREE BIRD』『SWEET HOME ALABAMA』も良いのですが、『TUSEDAY’S GONE』、『THE BALLAD OF CURTIS LOEW』、『AM I LOSIN’』などのバラードやミディアムテンポの楽曲を聴くたびに、このバンドの素晴らしさを感じます。
もうひとつ付け加えて言うと、『MISSIPIPPI KID』、『MADE IN THE SHADE』、『MR, BANKER』などと言ったアコーステックやボトルネックで構成された曲を聴くたび、このバンドがただのロックバンドではない事が容易に理解できるのと同時に、こう言った曲を聴かせてくれるのが、LYNYRD SKYNYRDの良さであり、サザンロックバンドならではの醍醐味とも言える楽曲ではないかと思います。
そして、サザンロックと言う沼へ…。
LYNYRD SKYNYRDの歌詞の中には、THE MARSHALL TUCKER BANDやらCHARLIE DANIELS BANDなどと言った名前が出てきます。
~~BANDとついているので、バンド名なのは間違いないだろうと、とりあえず、歌詞に出てくるバンド名を書き記したメモを握り、大手輸入CDストアへ探しに行ったのは言うまでもありません。
枚数は少なかったものの、THE MARSHALL TUCKER BANDを見つけ購入。
勿論、1stアルバムです(でした、数枚の中で年代が古い物を購入したら見事に1st)。
嬉しくて、ダッシュで帰宅したのは言うまでもありません。
その後、CHARLIE DANIELS BANDなども購入でき、SPECIAL THANKS 欄にLYNYRD SKYNYRD、THE MARSHALL TUCKER BANDをはじめ、GRINDERSWITCHだのBLACK OAK ARKANSASだのWET WILLIEなどと言った始めて見る、名詞の数々が…。
これらがバンド名でなければ何なんだと、悶々とした日々を過ごし始めた20代前半。
こうしてLYNYRD SKYNYRDでサザンロックの洗礼を受け、CHARLIE DANIELS BANDのお陰で、徐々にサザンロック沼へハマっていく、在りし日の、kazoo青年だったのです。